伊里前獅子舞
2015年08月13日
歌津町は、平泉文化の影響を受けて栄えた町で、中心地を伊里前と称し、元禄六年(一六九三)に新しく町作りが行なわれ、各戸の間口六間一尺八寸、奥行二十五間の町割が完成し宿場町として成立した。当時の戸数三十三戸が伊里前の旧家として現存し、契約会をつくり、これが伊里前獅子舞の保存団体である。この獅子舞に関する記録は、数回の三陸津波によって失われ残っていないが、言い伝えによれば、元禄六年十月二十七日の町割完成に祝いに藤原秀樹が尊宗した田束の霊山に御興登山の先立ちとしてお登りをし、獅子舞を神前に奉納したものと言い伝えられている。獅子舞には太鼓屋台が付き、笛、太鼓、あやしが伴い勇壮且つ華やかに行なわれる。
<時期>
三島神社例祭
<所在地>
本吉郡歌津町伊里前